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life

とらわれずに暮らしていく

ウスっぺらい話

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以前から計画していた「大人のゼミ」の話が少しづづ進んでいます

何を題材にしてもいいんだけど、ともかくウスッぺらいことはやめようということ

キッカケは何だっていいけど、物事の本質を追いかけようということになっています

学問的なことや哲学的なことはよく解らないのですが

里山や農から透けて見えることを一緒に考えていこうということです

 

私は車やバイクで飯を食っています。

でも、車やバイクのカタログスペックだけ知ってても飯は食えません

エンジンやボディシャーシを修理したり改造したりするということは

かなり広範囲の知識や技術が必要ですし、新しい素材や理論の勉強もいる

金属やプラスチックなどの素材のことや特性 加工する技術や知識

空気の流れや抵抗などの流体力学のこと、燃焼や熱力学のこと、電気工学など

専門的に一つのことを学んだことはありませんが

特性や方向性を知っていなければテスターも読めないし、何も解らない

エンジンだけでは車は走らないし、シャーシだけでもダメ

 タイヤ ブレーキ サスペンション・・・・・・

そのすべてでトータルバランスがとれていないと安全には走らない

どのような事でも、それは変わらないと思います

 

ところがこの頃はある1面だけを切りとったような話が多い

なぜ?どうして?のような面倒な部分はハショってしまって

一番オモシロイ本質的な部分が抜け落ちているような気がしてなりません

典型的なのが、口を開けば「オーガニック」「無添加」という人たちや

種蒔きや田植に顔を出すだけで、満足するような集団

あれがしたい、これがしたい、という思いだけで

自らは何もしないし、動こうとしない人たちなど

まぁ、そういう人たちはそれでやった気になって満足でしょうし

中途半端な知識や技術でお金を取っている、厚かましい人もたくさんいます

私にはそんなことはできないし、真剣に取り組まない人を相手にする暇もありません

今は異常なほど「やさしい」世の中なので

私たちが経験してきたようなことは、時代遅れなのかもしれません

 

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今ある場所でクドを作っています

目的はクドを使ってご飯を炊いたり料理をしたりするということ

「羽釜のご飯はおいしいね」「火のある暮らしはいいね」

それだけで良いのなら、高性能の炊飯器でもあまり変わらないと思うし

わざわざ時間とお金を使って不便なものを作る必要はありません

多分、最初からうまくご飯を炊くことはできません

でも、だからこそ意味があるし本質がある

気温、湿度、薪の種類、乾燥具合、炎の色、釜の音、蒸気の変化

ご飯を上手に炊くためには、不確定要素を見極める目や耳が必要になってきます

そこにはたくさんのナゼ?どうして?が生まれ

こうしたら、ああしたらという工夫が必要になってきます

クドでご飯を炊くという行為から見えてくるものはたくさんあります

自分で作ったお米を食べたいと思えば

米作りの知識や技術が必要になってきます

お金を出せばコメは買えるし、スイッチを入れればコメは炊ける

でもその本質は、大量の知恵と技術と時間の結晶で

1部分だけを切り取ったようなウスッぺらいことではないわけです

 

「アレコレ言う前に、とりあえず黙ってやってみぃ」

「わからんなりに、最初から最後までやってから考えんかい」

学校のテストみたいに正解というのは無く

自分なりの正解を求めながら、失敗を積み重ねていく

その中にしか本当のことは無いんだと思います

答えは無いんだよというゼミが成り立つのかどうかはわかりませんが

ペラペラのつまんないことなら

やんない方がマシだと思います