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life

とらわれずに暮らしていく

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汎用コンバインのデモノがあるということで見に行きました

米や麦だけなら、普通のコンバインで対応できます

普通のコンバインならもらった物だけ(お礼はしましたが)でも3台ありますし

ほぼ年に1回しか使わないのでことは足りる

ただ、このコンバインがあればできることは格段に増えていきます

ひまわりや菜種はもちろん、ゴマやソバ、粟やキビも機械で収穫可能になる

今まで何日もかかっていた作業がほんの数日で

時間や天候で諦めていたことや、人手が必要で諦めていたことが可能になります

金額は結構な金額ですが、どうにかならないわけじゃない

ただ、もう一つ引っかかることがあります

 

ひまわりを植えはじめた頃は、ひまわりのことだけで精一杯でした

どうにかして花を咲かせなきゃ できることを証明しなきゃ

ただそれだけでした

でも、年月を重ねていくうちに、それだけじゃないということが解ってきました

花を咲かせて人を呼ぶこと

自分の考えや意見を聞いてもらうこと

種を絞って油をとること

商品として売っていくこと

それはそれで大切なことですが、一番大切なことではない

私は、農業者や商売人になりたいわけじゃなく、もっと大切な何かを伝えたい

そう考えるようになりました

 

カマやナタが刈払機になり

ハンマーナイフやラビットモアに変わって草刈作業は楽になりました

トラクターが新しくなり、播種機で種蒔きをするようになって

朝から晩まで3日も4日も掛かっていた種蒔きは数時間で終わるようになりました

2週間手作業でやっていた菜種の収穫も

コンバインがあれば数時間で終わると思います

でもそれは、関わる人や、一緒にやるという絆、肌や手で感じる何かを省いてしまう

効率化や省力化を追いかける今の経済と同じことになって

何処かの誰かが作ったモノと同じことになるんじゃないか

甘ったれだと批判されるかもしれませんが

省力化や効率化より大切な、高付加価値やストーリーより意味のある

本当に大切な何かをわからなくしてしまいそうな気がします

 

ひまわり畑はただ花を咲かせているお花畑じゃない

油を採って売るために、あんな辛い思いをしてきたわけじゃない

ひまわり畑から透けて見える社会の矛盾やヒズミを感じてほしい

たくさんのナゼ?を見つけて、自分にできることを考えてほしい

それを他人に求めるのは無理なのかな

理解してもらうことは不可能なのか

作業が楽になるのはイイ事だし、できることも増えていきます

でも。それと引き換えに失うこともあるように感じます

どうしたらいいのか?

なかなか答えが見つからないことです