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life

とらわれずに暮らしていく

夢 希望 挑戦 反抗

思うこと

新しい年が始まりました

今年はどうなるんだろうか?

毎年この時期には思うのですが、やることはあまり変わらない

近所の神社に初詣に行き、雑煮を食べ、御屠蘇を飲んで

一年の始まりに遺書を書き、やるべきことや、やってみたいことに思いを馳せ

覚悟を決めるのは毎年のこと

 

今年は申年なので、年男の48になりました

振り返ってみれば年男の時に人生の節目があったような気がします

 

腰をヤッて入院、初めて大きな手術を受けたのは24の時

痛みのとれた体で、ブランクを取り戻そうと無理をした結果、半年後に再手術

まともに歩くことも、座ることもできない 簡単にできたことが何一つできない

組織の中では結局ただの歯車にしかすぎない、壊れた歯車は交換されて捨てられる

生き残っていくには唯一無比の何かを手にするか

それとも顔なしで、俯いたまま黙って生きていくか

壊れかけたポンコツな俺に何ができるのか

24の時はそんなことを考えていました

 

ひまわりのことやエネルギーのことについて具体的に動き出したのは36の時

学歴やバックボーン、財力やカネの無いただのアブラムシは無力だと思い知らされた

いい歳こいて、嫁さんと3人のガキを抱えて、いつ壊れるか判らない体で

未知の世界に挑戦することを、誰もがムリだと・・・

ただ、後悔だけはしたくなかった

ムリとかできないとかは他人に決められることじゃない

「オレは、ホントは・・・・」なんて言うジジイには絶対なりたくない

36の時はそう思っていました

 

体のことや自分を取り巻く状況はそれほど以前とは変わってはいません

24時間365日ギックリ腰のような状態は変わらないし

あいかわらず金儲けとは縁のない暮らしは続いています

ただ、モノは考えようで180度変えることができる

 

もし、あの時手術を受けなかったら、嫁さんと出会うことは無かった

もちろん子供を授かることも、親としての生き方も無かった

もし、体を言い訳に、顔なしの人生を選んでいたら

今の技術を手にすることはなかったし、それに続くエネルギーのことも考えなかった

もし、周りの考えに流されて挑戦することをやめていたら

農の面白さも、自然の大切さも、大きな可能性も、気づくことは無かった

 

今の暮らしがしあわせかと問われれば、自信を持ってイエスだと言えます

体は思うように動かないし、カネも無い、名誉や地位も持っていませんが

今は、辛かったことやハンデを笑って話すことができる

やりたいことや興味のあることが際限なく湧いてくる

全部やるには一生が短すぎると思えるくらい

 

やりたいことをやるというのは、他人や世間からいろいろ言われますし

誰かをアテにしたり、他人や世間のせいにはできません

思い通りいかなくても、ダメでも、すべては自分が背負い込むしかない

歩いていく先に道は無くて、たった一人で歩いていくしかない

その先には何一つ約束されたものはありません

でも、間違いなく自分の手で切り開いた道は後に残っていく

やるか、やらないか、選ぶのは人それぞれだし事情もあると思います

ただ、やりたいことをやる人生の方が、遥かに面白いのは間違いない

 

節目の今年は、また新しいことに挑もうと決めています

いつ、どうなるか、それは自分自身にもわかりません

もしかしたら、生きている間に実現できるかどうかも定かではない

でも、描くその先はオモシロそうです