娘へのラブレター
バラバラにしてサビを落とし、色を塗り替え新しい部品を組んで
自転車の再生が終わりました
サビくれてボロボロだった面影はなく
いい感じに仕上がって、試運転でもオカシイとこは出ませんでした
仕事の合間や、夜に作業をしながら色んなことを考えました
誕生日に自転車を買ってやることは容易いことですし
それくらいのお金に不自由している訳じゃありません
事実、新車を買ってやった方が子供も喜ぶかもしれないし
手間や部品代に比べればはるかに安くカンタンです
でも、自転車をバラし、色を選び、塗装をし、組立て、磨いてという作業の中で
どう思いながら作業をしてたかというと
「こういう色だったら喜ぶかな」とか「キレイに塗らなきゃ」とか
汚れやサビを磨く時も、部品を組み上げ調整するときも
「こうやった方が喜ぶかな」とか「ここをチャンとしないと危ない」とか
娘の顔を思い浮かべながら作業をしていました
ついこの間生まれたと思っていた娘が、もう26インチの自転車に乗る
親として子供と関われる時間というのは、ほんのわずかな時間だと思います
そのなかで、「買ってきたよ」「ありがとう」だけじゃ
なんか、もったいないような気がします
娘はどう思っているかわからないけど
どう思うかな?喜んでくれるかな?
ラブレターを書くような気持ちで
過せる時間があるということは幸せなことです
この気持ちはやっぱりお金では買えないな