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life

とらわれずに暮らしていく

この頃モノゴトの本質ってナンだろうかと考えることが多い。

11月から猟期が始まるのに合わせて罠の用意をしていた。山から引きずりおろしてきた罠を軽トラに積んで、川の水で洗い、さびを落としたりトリガーの調整をしていると後ろから声をかけられた。

見覚えのない人だったけど、相手は知っているらしい。ひまわりのことなんかを一方的にしゃべくって、罠のことを聞いてきた。猟期が始まることや、イノシシの被害のことを説明すると、捕まえてジビエで売ったり食べたりしたらそんなことは簡単に解決することだと言う。ついでに解体ショーをイベントにして、BBQにしたら金にはなるしWIN-WINになるなんてことをも言う。こういう話をペラペラしゃべるヤツを見ると心底イライラする。

山付の田んぼで無農薬米を作ればとか、ひまわりの油を採れるようにしてくれとか、川を整備して子供たちの楽園を作ろうとか、里山を整備して教育に使おうとか、山菜を採って出荷しようとか。そういうことを持ち掛けてくる人は掃いて捨てるほどいる。そうなればいいですねとしか答えようがないけど、なんかウンザリする。

ジビエが、山の生態系が、と話す人はたくさんいるけど、一緒に罠を担いで山を登ってくれる人に会ったことは無い。毎日の見回りやエサ撒きをやってくれるという人には出会わない。柵の見回りをしてくれる人も、田んぼの畔草を刈ってくれる人も、除草のチェーンを引いてくれる人も、水の見回りをしてくれる人も、川の整備をしてくれる人も、木の下草を刈ってくれる人もいない。

スライスしたイノシシ肉を食えばことは終わるわけじゃない。種蒔きをすればひまわりが咲くわけじゃない。田植をすればコメが食えるわけじゃない。出来あがってきたモノにカネさえ払えばWIN-WINだというのは、パソコン叩いて机に座ってカミでプレゼンするコンサルや大学の先生と同じこと。現場は1年中地味で退屈でキツイ現実と向き合わなけりゃならない。

もう少し謙虚になりなよ。少しは自分で泥を被ってみなよ。1回や2回ぶっ倒れたって人間はそう簡単に死にゃしない。自分自身で真正面から立ち向かってみなよ。そしたらぶよぶよの体も、甘ったれた性根も少しは変わるだろ。そうじゃないと五分で話はできないよ。

ふざけんじゃねぇよ。こっちは命懸けでやってんだよ