14日目
今日でOPから2週間が過ぎた
最初の予定では退院の予定日・・・
昨日やっと車椅子から歩行器に変わった
シャワーもトイレも介助無でOKということになった
25年前のOPではベッド上2週間だった
飯を食うのも、ションベンするのも、クソをするのも寝たまま
横を向くことも、もちろん寝返りを打つのも禁止だった
そのころに比べれば今の状態は早いのかもしれない
でも、感覚がないという不思議な感覚は何とも言い難い
同室の人たちはもう退院の日程を先生と話している、OPは7日も後だったのに
他人と比べてはいけないというのは分かっている
でも、なんで俺だけって思う気持ちもある
3日目
今日で手術後3日
手術後に下半身全体の鈍麻が出て立てない状態に
3日間で少しは回復したような気がするけど、まだ立つことはできない
何事にも想定を超えることがあり、思い通りという訳にはいかないようだ
痛い思いをして我慢しても
覚悟を決めて手術を受けても思ったようにはならない
現実は辛いし、悔しいけれど
受け入れてどうすればいいのかを考えなくちゃいけない
腰が悪いのを誰にアタッても良くはならない
OP後に予想外の事が起こったとしたって、それは先生のせいじゃない
大事なのは、現実をしっかり認識して正しい対処を続けること
諦めたり、ふて腐れたりしても、病気は克服できないし復帰が遅くなるだけ
「こんなはずじゃなかったのに」
仕事でも病気やケガでもそう思うことは多いし
どちらかといえば思った通りになる事の方が珍しい
そりゃ今だって気分が良いわけじゃない
同じ日にOPを受けた人が歩行器で歩いているのに
ションベンの管すら外せないというのはナサケナイ
でも、これは捉え方で明日が変わることなんだと思う
ベット上で足を動かすのはキツイしどうなると保障されてる訳じゃない
ただ、やらないと方向性も自分の立ち位置もわからないから
とにかくやるしかないんだと思っている
そう強がってないと
ほんとは怖い、もしこのままだったら
車やバイクに乗ることも、仕事も、畑も・・・
そうなったらもう俺じゃなくなってしまうから
それはどうしてもイヤだしね
もう一度戻る為に
空調の効いた部屋
運ばれてくる食事
ただベットの上に寝転がり、本を読みネットをひらく
いつもの年ならひまわりの最後の仕上げの時期
脱水気味の体にムチうって
明るいうちは農場で
暗くなったら電気の下で整備をしていたはず
そんなときはいつも思っていた
「クーラーの効いたとこで仕事したい」
「汗のかかないとこで、ゆくっり本でも読みたい」
でも、実際そうなってしまったら
これほど退屈でストレスの溜る事は無いと感じている
半年間、手術を回避しようとアガきまくってきた
でも、痛み止めの座薬が効いている時だけ何とか動けるなんて普通じゃない
他人はどうだか知らないけど
機械の整備と農業のどちらも1人役でできないと何も意味がない
結果を出さなくて良い事なんて一つもないし
頑張ったから結果が出なくてもしょうがないなんてありえない
他人のふんどしで相撲を取るのは性に合わないし
1から10まで自分で手掛けてないものなんて何の価値もない
明日人生で3回目の脊髄のOP
自分の世界に戻って
自分の足でしっかり歩く為に